2006年08月21日

SPTレイズナーにみる変形メカ考

■レイズナーまでが変形しなければならなった時代

まもなくバンダイからリニューアルキットが発売されるSPTレイズナー。作品的には諸事情により途中で打ち切りとなり、設定画が公開されていた後半の主役メカであるレイズナーMk-2はついに日の目をみることがなかった(その後、スパロボ等のゲームで活躍しているらしい)。このMk-2の設定画をみたときの、失望の大きさといったら(!)。

なぜ、そのままでも十分な空戦能力を持っているレイズナーが、戦闘機っぽい何かに変形しなければならないのか。

SPTは地球の戦闘機をはるかにしのぐというのに。その苦し紛れな戦闘機風シルエットには、なんの説得力も感じられなかった。おまけに、レイズナーのアイデンティティともいえる風防(?)の中の両目も、Mk-2では継承されておらず、普通のメカロボットの顔の配置となっていたのである。

こんな駄メカをレイズナーの後継機と認めたくない。

作品が打ち切り終了となったと知ったとき、自分の呪いが現実になったのではないかと思ったりもした。

いまにして思うと、当時、それほどまでに「変形」というファクターが、ロボットアニメ作品に対して呪縛となっていたのだろう。

■リアルロボットは“変形してこそリアルロボット”となってしまった

日曜日の午後、F14トムキャットそっくりの戦闘機があれよあれよと変形してロボットに姿を変えたのは1982年のことだった。この「バルキリーショック」と、海外から逆輸入されるカタチでやってきたトランスフォーマーの大波は、ガンダムから始まったリアルロボットアニメブームの余波を享受していたロボットアニメ業界に衝撃をもたらしていった。

マクロスに続いて「超時空世紀オーガス(1983)」では、主役メカは4段変形。敵メカも3段変形。ファンタジーとロボットの融合という新機軸をもたらした「聖戦士ダンバイン(1983)」ですら、後半の主役メカ・ビルバインは変形。続く富野アニメ「重戦機エルガイム(1984)」でも、後半の主役メカ・エルガイムMk-IIが変形。その他、「モスピーダ(1983)」「メガゾーン23(1984)」など、変形を売り物にした作品が次々と登場し、「太陽の牙ダグラム(1982)」「機甲装兵ボトムズ(1983)」と変形しないリアルロボット路線を貫いてきた高橋アニメも、翌年の「機甲界ガリアン(1984)」ではついに後半で改造されたガリアンが変形合体するようになる。このガリアンに続く高橋良輔監督作品の新作が「青き流星SPTレイズナー(1985)」だったのである。同年すでに富野由悠季監督作品の最新作「機動戦士Ζガンダム(1985)」がスタートしており、こちらは“後半の主役メカ『ゼータガンダム』は変形するモビルスーツ”であることがひとつの売りとなっており、敵モビルスーツも次々と変形メカとして華やかな活躍を見せていた。

変形しないレイズナーにかかる重圧は相当なものだったのではないだろうか。

■1985年、“変形しなければならない”という呪縛の終焉

1985年という年は、ガンダム以降続いてきたリアルロボット路線という流れに、ある種のピリオドを打った年だったのではないかと思う。「Ζガンダム」と「レイズナー」が立て続けに制作された1985年を境に、ロボットアニメのあり方は変化していったのである。

翌1986年は「ガンダムΖΖ」以外にはこれといった変形リアルロボットアニメは制作されておらず、変形メカどころかロボットも登場しない、「王立宇宙軍」が劇場公開される。さらに翌年の「機甲戦記ドラグナー(1987)」では、主役メカは変形しない。後半パワーアップされるも、変形しないのである。

もっとも、ドラグナーは「飛ぶ」ということに新しいアイデンティティを見出した感があり、「銀河漂流バイファム(1983)」のリフターに端を発する“戦闘機的な羽を持ったロボット”の歴史を形作っていくことになるのだが、それはまた別の機会に研究してみようと思う。

“リアルロボットは変形しなければならない”という呪縛は、そこにはもう片鱗もない。

ガンダムの続編として期待されていたはずの「Ζガンダム」が相当な難解さを伴うあまりに、続編の「ガンダムΖΖ」では、リアルさからやや遠のいた形での変形・合体ロボに先祖返りしてしまった。どこにも変形する必要性の感じられなかったレイズナーが、戦闘機のできそこないメカに変形させられそうになり、さらにフィルムに姿を現す前に打ち切りとなってしまったという事実とともに、呪縛は消えていった。レイズナーはギリギリのところで「変形させれられてしまった」のだと思う。

■失われてしまった“変形”の本当の意味

そもそも変形とはなんだったのか。バルキリー以前に変形するロボットの始祖として、ライディーンとコン・バトラーVをあげてみたい。

ライディーンが変形するゴッド・バードは、ライディーンの必殺形態である。文字通り「神の鳥」に姿を変えることで、神秘のロボットであるライディーンが、さらに神話的な形態となって敵を討つ。ヒト(人型)がヒトならざるモノとなって、魔を絶つのである。

コン・バトラーVでは後半のパワーアップ形態としてグラン・ダッシャーが登場する。おそらくこれは超合金で遊んでいるうちに出てきた形態ではないかと思うが、前に倒してコロ走行させるだけで、ロボットだったはずのコンVが、重車両のようなパワフルな形態となる。これも、ライディーンの神話的な方向性から180度逆転してはいるものの、“ヒトがヒトならざるモノとなって魔を絶つ姿”である。

つまり、過去に変形するメカは、人型よりも上位の形態(モード)としての変形を実現していたのではないかと思えるのである。

バルキリーショックは、そんな“変形”が本来持っていた魅力を、吹き飛ばしてしまったのだろうか。

ビルバインは、ウィングキャリバーに変形する。エルガイムMk-IIは、ランドブースーターに変形する。Ζガンダムは、ウェイブライダー(という名の飛行メカ)に変形する。それぞれの世界観で、変形後の飛行メカのカテゴリは、人型メカをサポートする立場のメカニックであり、いわば、なぜか主役級のメカがサポートメカに“成り下がり変形”しているのである。

そんなものに、誰があこがれるだろう?

巨大ロボットは、自己の投影である。これは視聴者にとっても主人公にとっても同じことで、ダグラムにおいては主人公クリン・カシムは「ダグラムはぼくのすべてだ」とまで言い切っている。巨大ロボットは鋼鉄の鎧であり、無敵のカラダを手に入れたもうひとつの自分の姿なのである。戦いが激化することで、それまでの巨大ロボットのままではあやうくなるときに、さらなる強さを手に入れるために、ヒト(人型)がヒトならざるモノとなって、魔を絶つ。これが変形の醍醐味なのである。ヒトのカタチをしたものが、手足を本来なら動くはずのない方向に曲げ、伸ばし、縮め、ヒトならざる姿となってまで、勝利を手にしようとする。そのギリギリの痛みを超えたところに、“変形”はあったはずなのである。

■それでも、レイズナーが変形しなければならなかったのなら

レイズナーは珍妙な戦闘機になど変形する必要はなかった。通常兵器がまったく通用しないSPTであるレイズナー。それでもたった1機ではグラドスの侵攻を防ぐことができなかったレイズナー。レイズナーのみが使えた必殺モードとしてのV-MAXも、やがて敵側も扱えるようになり、窮地においやられていく…。もしこの状況を打破するファクターとして変形をもたらそうとするのなら、レイズナーはより上位の存在としての変形を選択するべきだった。ヒト(人型)がヒトならざるモノとなって、魔を絶ち、争いを終わらせる存在としての変形…。

それが、いったいどんな形状であっただろうか。グラドス創世の秘密という、あまりにも神話的な物語のなかで、より神話的な強さを伴ったメカニックが、どのような姿をしていたかをいまになって夢想するのは、エイジが地球に警告に来た1996年から10年が経過した今となっては、遅すぎた理解だろうか。

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posted by 多村えーてる at 20:13| 奈良 ☀| Comment(9) | TrackBack(1) | 駄目チネラ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
面白かったです
バルキリーは戦闘機から人型へは機能的に下位変形であり
メタファー的には機械から魔神へという上位変形になるんですかね?
Posted by 名無しですみません at 2006年08月22日 06:05
バルキリーの基本は戦闘機が変形することで人型になる、というところにあって、どちらかというとトランスフォーマーに近い旧来の変形ロボットのコンセプトだと思います。バルキリーのおもしろいのは、現用の戦闘機に近いデザインのメカがロボットに変形するという従来のマンガ的な仕掛けをSF的に成立させた世界設定のさじ加減にあるのでしょうね。

あとバルキリーって、ファイター形態からバトロイド形態に変形したときに、見た目のボリューム感があまり変わらないんですね。むしろ手足が動く分、大きくなったように感じられます。こういったボリューム面での印象も、バルキリーはすぐれていると思います。

戦闘機が人型に変形するからといって、機能として下位変形、ということはないんですね。むしろ現用の戦闘機然としたメカニックが、人型ロボットなることで戦闘機にはできない自由なアクションを展開できるようになる……より搭乗者や視聴者にシンクロする形態になるわけですから。

この流れでもっとアニメ的な見せ方をしているものといえば、ザンボット3のザンバードがザンボエースに変形するあたりでしょうか。

ザンボットの場合は、ご指摘の「メタファー的には機械から魔神へ」という部分は3台のメカが合体してザンボット3になる部分に託されているので、必ずしも同じではないのですけど(ややこしい)。

やはり問題は、バルキリーやトランスフォーマーのおかげで、変形第一主義的な潮流がリアルロボットにも押し寄せてきたところにあるんでしょう。「メカからロボットへ」の流れは受け入れやすくても、「ロボットからメカへ」はダウングレード的な表現しかできなかったのが当時のリアルロボットアニメの限界だったのではないかと。エルガイムMk-IIは、エルガイムをぶらさげて飛ぶためのメカではないでしょうと(笑)
Posted by えーてる at 2006年08月22日 09:30
TV版を見たことがないので大きな口では言えないんですが
バルキリーは他の「メカからロボへ」とは違って
メカ状態でも人型と戦力的に大差ない印象を受けるんですよね
他の「メカからロボへ」や合体メカなんかはグンと強くなる印象ですから
確かに「下位」と言ってしまうのは言い過ぎかもしれませんが
「人型が従」でありながら、「従」の外見はヒーロー然であるという
類を見ない ちぐはぐ な設定がバルキリーの凄いところかなぁ、と
プラスやゼロの印象も強いので、歴史的にどうこうとは言えませんが
Posted by 名無しですみません at 2006年08月23日 04:03
魔装機神のサイバスターも、変形しますよね! サイバードとかいう戦闘機みたいなやつに サイバスター自体の飛行能力は、高いのになあ。
Posted by エイト at 2006年11月21日 07:53
レイズナーMK−2が変形する理由ですが、
『高橋監督の構想としては地球の技術でV−MAXの高速機動を再現するのは困難なために戦闘機形態に変形する』
という設定があったようです。
まあ、結局打ち切りのあおりでMK−2は登場せずこういう設定事態もお蔵入りになったみたいですね。

まあ、大人の事情を考えれば「変形」した方が子供受けが良いから売れるって所なんでしょうが。

ちなみに変形に関するソースはWikipediaのレイズナーの項目より。
Posted by よう at 2007年02月23日 20:21
サイバスターの変形は「神鳥を模した姿」なので
意味合い的にはライディーンと同じなのでは
Posted by りょう at 2012年12月10日 21:30
指摘があったので補足しておきます。

ガリアンは当初からガウォークっぽい形態(飛行形態)に変形可能でした。

それと、バイファムが装備しているのはスリングパニアーでした。リフターはドラグナーの装備です。

みんなも間違えないようにね!
Posted by えーてる at 2012年12月10日 21:48
面白い理論ですね、共感する部分も多いです。
私もレイズナーは非変形で良かったと思います。

MK-2は商品化されましたね。しかもファン投票1位・・・?本当にそうなのか。本当だとすると投票したファン達は何を望んでいるのか。

いつかどこかでこういったことを話してみたいですね。
Posted by なこるる at 2014年08月12日 16:48
コメントありがとうございます。
レイズナーMk-2、商品化されましたね。
かなり本気で煮詰めたバランスはかなりいい感じです。
Mk-2はレイズナーの「眼」がキャノピーの外側にあることも
いろいろ象徴されているようなされていないような、
面白さがありますね。

「なぜ変形するのか?」にひとつの視点を持って見たら、
いろいろ見えてくるかもしれないという話でした。
Posted by えーてる at 2014年08月12日 17:36
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原作者:富野由悠季の参加作品(機動戦士Ζガンダム)
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Weblog: ガンダム シード デスティニー(gundam seed destiny)なブログ
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