
カジシンの新刊である。読み始めた頃に頭に浮かんだキャラクターは、荒木飛呂彦。第4部のヤンキーたちのイメージである。それが、スラップスティックな展開にクスクスと笑っているうちに、江口寿史のキャラクターにすり替わっていく。ああ、おもしろい、おもしろい。ふとしたきっかけでヤクザたちがクジラ捕りにでかける。SFではない。ありえない話とも思えない。しかし、これは現代のファンタジーである。登場人物のキャラクターがしっかりと立っている。読み進めるうちに、江口寿史のキャラクターたちが、いつのまにか、今度は、ゆうきまさみのキャラクターに入れ替わっていた。そんな雰囲気の作品である。きっと映画化されるだろうな、とも思う。すでに、そんな話が動いているかもしれない。
SFで泣かせてきたカジシンが、SF的な道具立てを一切使わずに極上のエンターテインメント作品を送り出してきた。これはSFとの別離宣言なのだろうか。そうではないだろう。SF的な道具立てなんて持ち出さなくても、これだけの物語が、クジラを捕ったり食ったりしようということが、日本の伝統的食文化を任侠の人たちが守ろうと立ち上がることが、呑気なヤクザたちが、過激な自然保護団体の急先鋒だった男に訪れる変化が、もはやセンスオブワンダーな出来事なのだということではないか。
作中に、チャナ症候群という奇病が登場する。これは、名作『クロノス・ジョウンターの伝説』に登場する架空の病気である。強いてあげるならば、この奇病を物語のバックボーンに持ってきたことが、かろうじてSF的道具立てである、と言えるかもしれない。が、正直、そんなことはどうでもいい。これだけおもしろく、ドキドキする作品を届けてくれたのだから。