この本は、加藤直之氏の絵づくりに対する姿勢が事細かに記されている。それは、できあがった作品以上に興味深かった。たとえばこんなテキストを拝むことができる。
しかし何と言っても描いていていちばん楽しいのは、被弾して推力も失い宇宙空間を漂っていく戦艦である。被弾してただ爆発炎上するだけではどこにでもある戦闘シーンである。今まで描いたことがないのは? 爆発したり、炎上する時の火の広がり方は? 内部の構造を考えながらどうしたら格好よく壊れていくのかを考える。壊れ方にも美があるのだ。そのコダワリがぼくが絵を描く時の原動力となる。なんという贅沢だろう。この一文に出会えただけでも買った甲斐があろうというものだ。ちなみに、件の「爆発する宇宙戦艦」は、イラストのごくごく隅っこの小さな爆発に過ぎない。通常なら、気が付くはずもない脇役である。そこに、これだけの理屈と情熱が込められているのだ。
この惜しみない理屈と情熱の投入は、パーワードスーツのイラストにも遺憾なく発揮されている。以下は、WAVEから発売された「1/12機動歩兵」のパッケージアートに関する一節である。
次は背景だ。映画でいう大道具。艦内の通路を進んでいる最中だろうか。いや、それだと通路を新たにデザインしなくてはならない。通路をデザインするためには艦内すべてのデザインポリシーを決めねばならないし、艦内の配置図まで必要になってくる。さすがにそれは面倒である。さすがにそれは面倒でしょう、と思わずこちらも突っ込みたくなる。背景ひとつ描くだけでも、宇宙戦艦(もちろんここではロジャーヤングだ)の艦内配置図まで設計しなければならないと考えることのできる、加藤直之氏が「SF画家」であることの所以ではないだろうか。
パワードスーツに関しては、かなりのページ数が割かれており、特にキットのパッケージアートに関してはこと細かに詳解されているのだが、最後に、「描かれたパワードスーツと同じポーズをキットで再現できるか」を氏は検証する。答えは、少しだけできない部分があったという。しかし画稿を見比べても、ぼくには違いが分からなかった。氏の指摘しているのはカトキハジメ氏が言うところの「マッハの戦い」の領域である。
それならなぜ最初から写真を使わなかったのか。その答えは簡単だ。描いていて楽しくないからである。絵に写し取るだけなら写真を加工すれば事足りるが、それでは写真に撮れないものは絵に描けないことになる。常に訓練していなければだんだん能力は落ちていく。仕上げを大事にするイラストレーターである自分と、描く意欲を大切にする自分。「絵を描く意欲」が勝利することは、ぼくにとって珍しいことではない。ビジネスとしては落第スレスレな感じだ。しかしいったんはトレースしないで完成させている。「正確」な絵を一度見ておきたい欲求に負けた。さて、冒頭に書いた判型についても、あとがきでしっかり言及されていた。
最初は大きな判型も考えていましたが、すぐにやめました。大きくしたら薄くなるし棚にも入らないので、いつのまにかまぎれてしまいます。きちんと意図された仕上がりであることに、あらためて感心。
ぼくは、ぼく自身がもっとも読みたくなる本を作りました。
皆さん、この本はコミック本やSFマガジンと同じ棚に置いてください。そして時々と言わずいつでも手元に置いて目を通してください。
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