いきなり5mxを持ち出してきたり、かなり“お仲間”な感じを受ける記事なんだけど…。
ぼくは、PDAとはインターネット以前にだけ成立し得た概念だったのだろう、と最近は割り切って考えるようになった。
インターネットがあらゆるデジタルライフに食い込んでくるにつれて(まずはメールとウェブだったわけだけど)、PDAでもそれができるように、という要望が当然のようにでてくる中で、その対応に追われるあまりに、PDAは駆逐されてしまった。
コミュニケーション手段としてのネットワークはNewton MessagePadの当初から必要事項として設定されていたけれど、当時はまだインターネットというものがなかったから、まさかネットワークというものがこのようなものだとは、Appleも予見できていなかったのだ。実際、インターネットの機能をシステムレベルで組み込むまでにはAppleは時間がかかったし、Cyberdogのような意欲的な仕組みは、OS開発のごたごたの中で消滅してしまった。これは余談だけど。
ぼくもキーボードのついた小型デバイスに対するこだわりはずっとあって、けっきょくいまだにHP-200LXを持ち歩いているのもそのためかもしれない。
二〇世紀末の夢をなんでもかんでもインターネットが摘み取ってしまったんだという考え方は、あまりに偏狭が過ぎるかもしれないけれど、ことPDAに関しては、パーソナル・デジタル・アシスタントというコンセプトをインターネットというネットワークに乗せる前に、インターネット(メールとウェブ)ができなければ意味なしという価値観に席巻されてしまったことが、間違いなくPDAを殺したんだと思う。
〜来なかった未来〜 PDAはなぜ衰退したか(ITmedia+D)
2006年06月19日
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