2004年07月17日

二〇世紀末最高の夢のお裾分け「Newton」

たわむれに、自宅待機が続いていた Newton MessaggePad 2100J を持って会社へ。通勤電車という公共の場所で Newton をいじるのは昨年の11月以来のことだ(Newton Letterの11月1日の項を参照)。
 
Mandal-Art for Newtonで午後からの予定を考えたりする。セルを動かすときの独特のセルをつかんでいる感じは、軽快に動くPalm版では軽すぎて実感できない。アイデアラッシュのように書き込んだり動かしたりするときは、サクサク動くにこしたことはないのだけど、Newton OS の上で動くアプレットならではの豊饒さというものがたしかにあるのだ。

我が MP2100J も、ずいぶんと液晶が暗くなってきたようだ。グリーンのバックライトもパッとしない。いずれ、別れのときがやってくるのだろう。

電子小物数あれど、二〇世紀から持ち越してきたものはどれもみな乾電池で動くものばかりだ。HP-200LXしかり。200LXはキーボードのブリッジが折れるたびに補修して、そこ以外はわりと健全に使えている。液晶もまだまだくっきりしている。Newtonのほうが液晶のヘタリがはやかったのは、予想外の出来事。せめて2010年までがんばろうぜ。
posted by 多村えーてる at 13:07| 奈良 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 嘆きのデジタル | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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