ちょうど半分くらいまで読み進めたところですが、いわゆる
白ジョブズを基調に、アップルのサニーサイドを概観した本、という印象。
ジョブズがお山の大将だからといって、アップルでの意志決定がすべてトップダウンというわけではない。ジョブズの創造的思考(クリエイティブシンキング)の中核をなすのは議論や討論である。ジョブズは自分のアイデアに異を唱えるパートナーがほしい。そのパートナーのアイデアに今度はジョブズが異を唱えるわけだが。それもたいてい強烈に。ジョブズは知的な殴り合いを通じて意志決定をくだす。それは過酷で好戦的だが、厳正で創造的である。
こんな具合だ。意地の悪いゴシップ本なら、いくらでもこき下ろせそうなジョブズ・スタイルも
「それは過酷で好戦的だが、厳正で創造的である」なのだから、なんと前向きな表現もあったものである。
クリエイティブの現場は、たいていの場合ギスギスするものだ。皆がギリギリのテンションでつばぜりあいを繰り広げるのだから、そういうことも起こりやすい。巻き込まれたと思っているだけの者は常に手痛い目に遭う。生涯消えないほどのトラウマを植え付けられることだってあるだろう。その口から呪詛の言葉がでてきたとしても無理はないかもしれない。しかし、最高のメンバーが知的な衝突と繰り返す中で原石からダイヤモンドを磨き上げていく過程は、他人にとやかく言えるものではないだろう。本書はジョブズのボクシング・スタイルについては、好意的なコメントを丁寧に拾い上げ、外野がおもしろ半分に揶揄するべきものではないクリエイティブの現場を描き出している。ジョナサン・アイブをはじめ、多彩なAチームメンバーの証言をつまみ読みできるのも本書の魅力かもしれない。
正直、ジョブズという一本の柱を中心にアップルを振り返るのは、比較的気持ちがいいのだ。いまさらジャン・ルイ・ガセーやマイケル・スピンドラーの時代の低迷と迷走(俺たちはずっとそれに付き合わされてきた!)を振り返るのも悪趣味というものじゃないか。
先日出た
『ジョブズはなぜ天才集団を作れたか』[Amazon]はまれに見る駄訳・珍訳に彩られた糞本だった。原題は『The Apple Way』。アップルがおなじみの失敗と迷走を繰り返しながらも奇跡的に危機を乗り越えてきたことをグダグダと書き連ねた作文だった。日本語タイトルはあきらかに看板に偽りあり。「ジョブズ」というキーワードと「なぜ○○は○○か?」といういかにも売れ筋のタイトルで売りたかった講談社の思惑がこのような本を作ったのだろうが、アップルの商品名もまともに書けない訳者や校閲担当を起用した罪は重いと言わざるを得ないだろう。
閑話休題。ぼくはNewtonを抹殺したジョブズをいまも許すことはできないが、彼の姿勢を尊敬している。ぼくの服装が近頃もっぱらジーンズに黒いタートルネックのシャツなのは、あからさますぎて自分でもどうかと思うけど(笑)
おっと再び閑話休題。本書の白ジョブズによるアップルストーリーは、現在のアップルを通じて世界を振り返るにはいいテキストになるだろう。ジョブズをはじめ、多くの人物の歴史的証言が引用されている。引用元もきちんと巻末にまとめられている。しかしその丁寧な構成が、少々寄せ集めの卒業論文っぽく感じられる人もいるかもしれない。各章の最後に「スティーブに学ぶ教訓」と題して役立つのか役立つのか分からないようなまとめが付いているのは、いかにもいまどきのビジネス本のようでなんだか笑ってしまう(『ジョブズはなぜ天才集団を作れたか』にも各章のまとめが付いているが、こちらは輪をかけて役に立たない。笑えないアメリカンジョークのようなものも含まれている)。これらも含めて、いまのアップルとジョブズをまとめたよい本だと思う。
リーアンダー・ケイニー『スティーブ・ジョブズの流儀』[Amazon]
posted by 多村えーてる at 09:26| 奈良 ☁|
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